21 フランス上陸〜グリーンカードが取得できない !?(後編)

1991年05月 09日 FRANCE Boulgone(G地点)


 フェリーから出てくる車はイギリス国籍が多いが、イギリスの自動車保険は短期間の大陸旅行をカバーする仕組みになっている。しかし私の短期保険はそのような+αはついていない。グリーンカードは自動車の強制保険でこれに加入せず無保険走行をして警察に見つかったら逮捕されることもあるし、万が一事故を起こしたら、場合によっては刑務所のお世話になることだってある。ロンドンのKさんは、以前ヨーロッパツーリングをしようとしてイギリスにやってきたが、どうしても グリーンカードを取得できず日本へバイクを送り返してしまった人がいたと話していた。このまま港の駐車場から外に出られず、Uターンして再びイギリスに帰るはめになるのだろうか。1年間がかりで計画した海外ツーリングがイギリスだけでおしまいというのはあまりにも情けない。

 しばらく駐車場で考え込んでいたが、ともかく Calais でグリーンカードの情報を仕入れてみよう。意を決して街に乗り入れてみることにした。右側通行というのは、はっきり言って相当まごついた。全く勝手が違う感じで、免許取りたての初心者が道路を初めて運転してみるような気分だった。直進区間は良いのだが、右左折するところは頭で考えないと曲がれない。曲がっている最中も走行ラインに違和感が付きまとう。こんなおどおどした運転で、無保険走行というのは辛い。1km ほど走るとガソリンスタンドを見つけた。ここなら何か分かるかもしれない。道のわきにバイクを停めて、スタンドの人に英語で話しかけた。驚いたことにさっぱり英語が通じなかった。手振り身振りで何とかわかってもらえたが、保険のことは知らない様子。この街にバイク屋があるのでそこに行ってみるように薦められた。
 ともかく「メルシー」とお礼を言って、そのバイク屋を探した。簡単な地図を書いてくれたのですぐに見つかった。バイク屋に入って行くと珍しい客が来たという感じで店内の人たちが一斉にこちらを見つめた。カウンターにいた店長らしい人に話しかけたが、やはり英語は通じなかった。それでも「グリーンカード」という言葉は分かってくれて「アシュランス(保険)か?」と聞くので「ウイ、ウイ、ウイ」と答える。すると首を横に振って何か言っった。どうやらこの街で自動車保険を扱っている店は無いらしい。隣の街まで行かないとだめだと言う。地図をひろげて「ここに行け」と指で示した。Calais から40km 南西の Boulgone(ブローニュ、地図G地点)という街らしい。その街に HONDA のバイク店があるのでそこで取れるだろうと言う。Calais のような国境の街に自動車保険を取り扱うところが一つも無いのは驚きだったが、ともかく「グリーンカード」そのものはちゃんと存在して、それを手に入れる所が分かったので少しほっとした。しかし40km も離れているとは! 慣れない右側通行で無保険走行をしながらその街まで行くのは気が重かったが、行くより他に方法は無いのだ。店長にお礼を言って、すぐに Boulgone に向かうことにした。

 Calais からA901(国道901号線)を南下した。快晴ではないが天気は良くて温かく、風が気持ち良い。雲の塊が次々と現れ、ゆっくりと東へ流れている。フランスの郊外の風景は、イギリスと少し違っていた。街を出ると人家が無くなって一面田園風景が広がるのは同じだが、畑の区割りがばらばらで、畑と畑の間に植えられている風避けの樹木も雑然としている。路肩も雑草が生い茂っていてあまりきれいな感じはしない。交通量は多いが100km/hの巡航速度を保てる程度の混み方だった。いきなりの右側通行だが、直線区間はそれほど違和感はない。

 40分ほどで Boulgone の街に到着した。肝心のそのバイク屋だが、住所だけではこの街のどこにあるのかわからない。街の中心部あたりを適当に走っていたら一軒の小さなバイク屋を見つけた。この店ではないのだが、誰か知っている人がいるかもしれないと思い、店の中に入って店員に尋ねてみた。彼は知らないと言ったが、お客さんが簡単な地図を書いてくれた。ここからすぐの場所のようだ。お礼を言ってさっそく走り出す。

 お目当てのバイク屋は街外れにあった。HONDAのバイクだけを売っている大きな店だった。カウンターにいた若い娘が「なにか御用?」と話しかけてきた。黒い髪に、深い黒い瞳のなかなかの美人だった。私はグリーンカードを手に入れたいのだと相談した。その娘は英語で「ちょっと待ってて」と言って店の奥に行ってしまった。あ・・待って、もうちょっとお話ししたかったのに。ん・・? 今は、そんな流暢な事を考えている場合ではない。
 少しして、今度はごつい店長らしい人が出てきた。私はもう一度事情を説明した。彼は自動車保険を取り扱ってはいるが、外国人の場合は直接保険屋で契約する必要があると言った。その保険屋はこの街にあるとのことだ。私たちの会話を横で聞いていた青年が、「その保険屋に連れて行ってやるから付いて来いよ」と名乗り出た。店長はうなずく。彼は小走りに外に出て、店のバイクに跨ると私を手招きした。私は急いでヘルメットをかぶって、バイクのエンジンをかけ彼の後について走り出した。
 その青年も、はっきりとは場所を記憶していなかったようで、2度ほど街中を走り回ってやっと見つけた。彼は店を指さして「ここがそうだよ」と教えてくれた。私は彼に握手して「メルシー、メルシー」とお礼を言った。彼はちょっと照れくさそうに笑いながらバイク屋に戻っていった。

 その保険代理店は、「Henry Watrin(アンルイ・ワタン)」といい、ワタン氏が一人で経営している小さな店だ。店の中に入って行って、そのワタン氏に事情を説明すると、彼は「グリーンカードの取得に問題はありません」と言って、さっそく必要な書類を作成し始めた。ロンドン中を駆け回って探してもどうしても取得することの出来なかったグリーンカードをとうとうここで手に入れることが出来るのだ。これで大手を振って自由にヨーロッパ大陸を走り回ることが出来るのかと思うと、今まで目の前にかかっていた霧が一気にとれて晴れ上がったような気分だった。30分ほどで全ての書類が作成し終わり、この瞬間からグリーンカードが有効となった。やっとのことで自動車保険の問題が片づいた今、私は今回の海外ツーリングで初めて自由になった気分を味わった。

 さあ、これからどこへ行こうか。南へ行くか? それとも東? いやいや、西の方へ行ってみようか・・・? どこでもいいんだ。どこも私にとっては未知の世界だ。
 地図も見ずに、当てどもなく道を走って行く。予定もなく、目的地もなく、なににも縛られず、知らない土地を気ままにどこまでも自由に走る喜び。これこそがバイクツーリングの醍醐味だ。
 夕日は西の低い山に沈みかけていた。黄昏時のほのぼのとした田園風景の中をひた走る。ふと、道路沿いに小さなB&Bの看板を見つけた。「へぇ〜、フランスにもB&Bがあるんだ」

 農家の納屋を改造した民宿だった。1階が車庫になっていて、2階が宿泊室になっていた。とても広くて、電気暖房が温かい。朝食込で1泊100フラン(2,400円)だった。気に入ったので今日はここに泊まることにした。8〜9才位の男の子がバイクに興味があるらしく、荷下ろしする私のそばによって来て、しきりにバイクを見つめている。シートに跨らせてエンジンをかけてあげると、歓声を上げて喜んでいる。どこの国でも子供はかわいい。
 今日は保険探しに明け暮れてまともに食事をしていなかったので腹ぺこだった。宿のご主人に、この辺に良いレストランはないか尋ねると、10kmほど離れた村に美味しい店があるとのこと。ぜひ行ってみるとよいと薦められた。シャワーをひと浴びしてから、バイクでその店に行った。絵に描きたくなるような石造りの素朴な店だった。さすがフランス料理、ワインとサービス料込で100フランだったが、十分に満足した。たまには豪勢に振舞うのも良いだろう。
 さあ、明日はどこに行こうか? まあ・・・明日起きてから考えよう。 今宵はグリーンカードと親切な人々に乾杯!
 


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