17 ホワイトクリフ〜白亜の断崖

1991年05月07日 Eastbourne(E地点東80km)


UK Map 途中、古都 Winchester(A地点西80km)を訪ねてから M3 にのって環状高速の M25 に入ると珍しく大渋滞していた。Reiko さんのB&Bに到着したのは午後7時頃だった。なんだか我が家に帰ってきたみたいでほっとする。Reiko さんは仕事でまだ帰宅していなかったが、ご主人のSingh さんが出てきて旅のことをいろいろ尋ねてくれた。Singh さんは日本語を話さないので、なかなか英語でうまく説明できなかったが、地図や写真を見せながら寒かったスコットランドのツーリング話をした。この夜、Reiko さんはちらし寿司のディナーをごちそうしてくれた。日本の米を食べられるのは、このあと何カ月後だろうか?

 ロンドン再出発前に不要な荷物を日本へ送るため、翌日朝早く、段ボール箱にいらない荷物を詰めて郵便局へ持って行った。発送手続きは簡単だったが2kgあたり16ポンド(4,000円)もとられてぶっ飛んでしまった。これでは送るよりも棄てた方がましだ。ここでもイギリスの物価の高さに閉口した。

 午前10時頃、Reiko さんと Singh さんの見送りを受け、大陸に向けて出発した。再びイギリスに戻ってくるのは帰国予定の10カ月後だ。イギリス東南部地方も巡りたかったので、一気に Dover に行かず一度南西方向に進んで Southampton(E地点)まで行き、ドーバー海峡沿いに Portsmouth → Brighton → Eastbourne → Hasting → Folkestone と東方向に進み Dover からフランスのカレーにフェリーで渡ることにした。

 Hendon から環状線406号で南下、M4にのって西方向に進み、Slough のあたりで M25 環状高速にのりかえて再び南下した。Portsmouth(ポーツマス)に着いたのは昼ごろだった。出発したときには晴れていたが、あっと言う間にいつもの曇り空になってしまった。日が射さなくなると気温が10度くらいに低下してしまう。道沿いの Pub に入って昼食をとる事にした。扉を開けると店の中は天国のように温かかった。暖炉がフロアの真ん中にあって、大きな木の切株がパチパチと豪快に燃えていた。暖炉のそばの席に行って防寒衣を脱ぐ。何重にも着ているので一席分が脱いだ衣服で山になってしまった。暖炉に寄り添って冷えた体を温める。ローストビーフとライスのランチがとても美味しかった。

 食事が終わって、温かいミルクティーを飲みながらしばらくぼんやりとしていた。外が寒いせいか、窓ガラスが曇っている。このような快適な店に入ってしまうと、出発するのがおっくうになる。1時間ほどゆっくりしていたが、体が十分暖まったので出発することにした。

 店の外に出ると、湿気っぽいひんやりとした海風が顔に吹きつけた。さっさとヘルメットをかぶってバイクに跨り走り出す。海沿いに国道27号線を東に進む。Brighton(ブライトン)はイギリス最大の海辺の観光地。ここにはイギリスでは珍しいアラビア風建築のロイヤルパビリオンがある。モスクの白いドームとミナレット(尖塔)がいくつも重なり合って、なかなか豪華な建築だった。イギリス人はイスラム建築に対する憧れがあるのだろうか?
 中心通りを進んで、つきあたりの海岸にあるパレス・ピアーを見に行った。海にはり出た桟橋に白いドーム状の建物が建ち並んでいる。その中にさまざまな遊戯施設があって夏場は大変なにぎわいになるそうだ。けれども今は5月のバカンス前。おまけにこの気温ではさすがに閑散としていた。人気のない砂浜を少し歩いてみた。

 昼過ぎだったが Dymchurch(A地点南東80km)という小さな街でB&Bを見つけたので、先に宿泊手続きをしてしまった。ここから Dover まで30分くらいの距離なので、フェリーに乗船する日まで、ここを拠点にイギリス南部を見てまわることにしよう。バイクから荷物を全部下ろしてしまうと、軽快になってあちらこちら自由に走り回りやすくなる。とりあえずこれから、有名なホワイトクリフ(白亜の断崖)を見にいくことにした。

UK 0067 Eastbourne(イーストボーン)は、ホワイトクリフがもっとも美しく観られるところだ。約5kmに渡ってドーバー海峡沿いに続くホワイトクリフは白い衣装をまとった7人の修道女に見立てられ、別名 Seven Sisters と呼ばれている。道路脇の駐車場から牧草地の中にバイクで乗り込み、どんどん海の方向に走っていく。柵ひとつ無い切り立った崖のそばでバイクを停めた。バイクから降りて下を見下ろすと、ほぼ垂直に切り立った断崖になっていた。高さは30メートルはあるだろうか。恐る恐る断崖のぎりぎりまで行って写真を撮った。本当に純白で、どんよりとした暗い空に白さがまぶしくはえて美しい。

 この地層は約1億5千万年前から6千5百万年前の白亜紀のもので、白亜という言葉自体この地層から名づけられている。海底に溜まったプランクトンの死骸の殻の部分が長い年月の間に積もりに積もってこのような石灰岩の白い地層ができ上がったらしい。黒板に使うチョークはこの岩石そのもので作られている。この白亜紀の地層と上に乗っかっている新生代第三紀の地層の境界部分、ちょうど6千5百万年前の部分に恐竜が絶滅したとされる巨大隕石落下の痕跡が残っているそうだ。

UK 0070 崖の下の海岸に降りて、白い岩肌を触ってみる。まさにチョークそのもので、爪で引っ掻くことができる。あちらこちらにナイフのようなもので削った文字が残っている。十字架の絵や、人の名前、詩などが彫られていておもしろい。愛々傘の様な絵もあった。(^_^) 
 白いチョークの地層の間には黒曜石の層がたくさんある。黒曜石は天然ガラスともいえる硬い岩石なので風化すること無く破片が崖の下に積もっていて、まるで割れたビールビンの山のようだ。裸足で歩くことはとてもできない。転ぶと間違いなく怪我をする。Eastbourne の教会の敷地を囲んでいる石塀には、この黒曜石が積まれていて、触ると手を切りそうで結構危ない感じがした。地層に埋まっている割れていない黒曜石は丸みを帯びてすべすべしているので、程度の良さそうなものを崖から2つばかりほじくり出して持って帰ることにした。ドライバーで叩くとキンキンと硬い音がする。
 ゴロンと転がっている真っ白なチョークの塊にも目を奪われた。持って帰ろうか悩んだが、こんな塊をバイクに載せても、何かしょーもない感じがしたのでやめることにした。日本に送るのに4,000円取られるのもばかばかしい。(^_^;

   


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