15 コッツワルズ〜おとぎの世界

1991年05月04日 Cheltenham(C地点)


UK Map ひどい雨で、びしょびしょになったので Cheltenaham の街に入るとB&Bを探す事にした。ところが保養地だけあって安いところが見つからない。土砂降り雨の中、これ以上うろうろするより紹介してもらったほうが早いと思い、街の広場にある Information に行く事にした。こじんまりした Information Office のレセプションに座っていた女性に頼んでB&Bを探してもらった。彼女はあちらこちらに電話をして根気良く探してくれたが16ポンド以下のB&Bは見つからなかった。ちょっとした観光地とそうでないところでは宿泊費が30〜50%くらい違ってくるようだ。まだ時間があるので、再び自分で探す事にした。安いB&Bが見つからなければ隣の街に行こう。バイクはバスや電車・時刻表のことなど気にすることもなく機敏に移動できるので気分的に楽だ。観光地から少し離れた公共交通機関のないところのB&Bは間違いなく宿泊費が安い上、温かいもてなしを受けられることが多いので、この点でもバイクのメリットは大きい。けれどももう少しだけ歩きまわってみることにした。

 街の広場を通りに沿って歩いていたら大きな案内地図板を見つけた。その案内板をじっとみていたら、今自分が立っている場所のすぐそばにYMCAと書いてある建物が描かれていた。ちゃんとベッドのマークがついている。おっ、ここならきっと安いはずだ。空きがある事を祈ってさっそく行ってみる事にした。鉄筋コンクリート造で白い外壁の無機質な建物は、今まで宿泊していたB&Bに比べると貧相な感じがしたが、安ければ文句はいえない。隣は病院だった。レセプションで宿泊を頼むと空きはあるとの事。一泊11.75ポンド(約2,300円)だった。相部屋で朝食はコンチネンタル(簡素な食事)と割高な感じがしたが、この街でこれ以上安い所は多分ほかに無いだろう。隣街まで行って探すのもこの天気では気が重いので、予算範囲内ということで宿泊手続きをすることにした。

 宿泊室はコンクリートの壁とベッドだけが置かれた牢屋のような感じの部屋で、ちょっと殺風景だった。まだ午後3時くらいなのだが、天気のせいで外へ出るのを断念した3〜4人のバックパッカーが、ベッドの上に寝ころがって話をしていた。彼らのにぎやかな会話が陰気な部屋の暗さを打ち消していた。私もその中に混じってしまい、結局この日は街へ出るのをあきらめた。夕食のときに隣の病院に勤務しているという青年と話がはずんだ。彼の発音は聞き取りにくく何度も聞き直した。「・・・・ってなに?」
すると、彼はあきれた顔で「自分がやって来た街の名前を知らないのか? わはっは!」と大笑いする。同席していた同僚の看護婦さんもクスクス笑っている。
「・・・・??」
彼は「Cheltenaham」と言ったのだが「チェルテナム」とはまったく違う発音で、別の地名かと思い込んでいたのだ。そして彼らはこのあたりの見所を私の地図に丁寧に印をつけて教えてくれた。

 翌日の朝は久しぶりの快晴だった。Cheltenaham の東側一帯は、茅葺き屋根の民家や地元で産出する黄色い石を積んだ独特の造りの建築集落が点在していて Cotswalds(コッツワルズ)と呼ばれている。「Cotswolds」とは古い英語で「羊小屋のある丘」という意味だそうだ。食堂で朝食をとりながらテーブルに地図を広げて無駄無く村々をぐるりとまわって戻ってくるコースを検討した。Cheltenham を出発して Winchcombe → Broadway → Chipping Campden → Bourton on the Hill → Stow on the wold → Bourton on the water をまわって再び Cheltenahm に戻ってくることにした。総走行距離は130km位だ。

 それにしても変わった地名だ。Winchcombe(ウインチ峡谷)、Chipping Campden(切り屑のキャンプデン)、Bourton on the Hill(丘の上のボートン)、Stow on the wold(高原の納屋)、Bourton on the water(水上のボートン)など、地名というよりは詩のような名前の村が多い。

 サイドバックなどの重い荷物は、全部部屋に置いて軽装で出発する。走り出して30分もすると、さっきまでの青空があっという間に雲に覆われて、またいつものどんよりした天気に戻ってしまった。天気についてはイギリスではあまり期待しない方がよいのかもしれない。

UK 0040 シェークスピアの戯曲「リチャード三世」の中で、「高く荒々しい丘と、でこぼこな道」と書かれているコッツワルズはおとぎの世界だった。緩やかな丘陵地帯に、大地と調和した美しい村が点在し、家の造りは童話の挿絵に出てくるような不思議な形状をしている。どの家も、まるで地面から生えたかの様に自然に溶け込んでいて、外壁・石垣・樹木全ての造形が生命を持っているかの様に個性を主張し、お互いに調和している。不思議なキノコのような造りの家もある。イギリスは地方の景観が特に美しいが、コッツワルズはその中でベストかもしれない。私は、ふと飛騨の白川郷の合掌造り集落を思い出した。

 Chipping Campden の家並みと Bourton on the Hill の水辺の景観は、特に感動的だった。おそらく設計図も無く設計者もいない昔の時代に、一体どのような人々がこのように美しいデザインを創造するのだろうか? この地方ではヴァナキュラ(自然発生的な建築形態=伝統的集落など)芸術の到達点の一つの姿を目にすることができる。建築とはどうあるべきか? 集落を移動する途中、ハンドルを握りながら考えさせられた。
 次々と無文化・無伝統・無個性の建築を築造して街並みの景観を汚し続けられている京都。なんでもアリとばかりに、伝統様式を無視した意味不明の無国籍建築が建ち並び、やはりなんでもアリ式意味不明のサインとデコレーションで建物を飾りたて、わずか20年30年で飽きられて取り壊されてゆく日本の建築の状況を考えると、私たちは何か大切なものをどこかに置き忘れてきたのではないかと自問せずにはいられない。

 Cheltenaham に戻る途中、Leck Hampton という街にある「Devil's Chimney」(悪魔の煙突)と呼ばれる奇岩を見に行った。道路端からは遠くにそれらしきものが見えるのだが、そばに行く道がどうしても見つからない。しばらくうろうろ走っていたが、人に尋ねた方が早いと思い、教会から出てきた地元の老夫婦に声をかけた。
「あの〜、悪魔の煙突ってどこにあるんですかネ?」
老夫婦はぎょっとして
「な・・なに? あ・・悪魔がなんだって!?」
し、しまった。よりによって教会にお祈りに来ていた敬虔な老人に「悪魔・・はどこですか?」はないもんだ。慌てて弁解する。
「いや・・その・・、そういう名前の変わった形をした岩があると・・。」
幸い老夫婦はわかってくれたようで、行き方を紙に書いて教えてくれた。いやはや、全く恥ずかしい。申し訳なくお礼を言ってそそくさと立ち去る。肝心の Devil's Chimney はつまらない代物だった。下北半島の仏ヶ浦や、徳島の土柱の方がはるかに見ごたえがあると思う。

 


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