07 スクリーン越しに見える異国の風景

1991年04月24日 LONDON


 バイクと荷物の鍵を持って、朝一番に税関に行った。Tさんに輸入税関の地図をもらっていたので、場所はすぐに分かった。ドックが何棟も建ち並んだ殺風景でだだっ広いところだった。どこに行けばよいのか分からず、ちょっと迷ったが、歩いている人に尋ねたりして検査場の場所が分かった。
 応対に出てきた係官に書類を見せて説明した。「もう2週間も待たされています。今、検査をしていただけませんか?」半ば、当たって砕けろの気持ちで事情を説明すると、係官は「まあよろしいでしょう。」と言って、私をバイクのおいてある場所に案内した。

 木箱に梱包された私のバイクは、広い倉庫の中央に置かれていた。2カ月ぶりの対面だった。別に傷もなく無事なようだ。自分のバイクが目の前にあるのが分かって、無性にうれしかった。係官は私をバイクのそばに連れていき、荷物を指しながら「何が入っているんですか?」と尋ねる。口で説明するより見せた方が早いと思い、荷物の南京錠やトランクの鍵を全部空けて「どうぞ自由に見てください。」手を差し出して応えた。
 私の気持ちが通じたのか、係官はちょっと中をのぞいただけで何もチェックせず、すぐに検査は終了してしまった。恐る恐る「バイクを持って行っていいんですか?」と尋ねると「もちろん、検査は終わったのでどうぞ。」と言う。あまりのあっけなさに拍子抜けしてしまった。「どうやって持って行くんですか?」と聞くので「運転していきます。」と答えると、さっそく書類を作成してくれた。カルネは不要だった。もちろんページを切ったりもしなかった。(ヨーロッパでは通関にカルネが不要なことは後にも分かった。)
 係官が、バイクの周りの荷物をどけて作業スペースを確保してくれた。木箱も撤去してくれた。取り外してあったフロントカウルのスクリーンを取り付け、新品のバッテリーに電解液を注入する。立ち上がる泡を係官が興味深そうに見つめている。バッテリーケーブルを接続し終わると、予備缶に入れておいたガソリンをフェールタンクに注入する。タイヤの空気圧をチェックしたり、各部に注油したりして、整備に1時間ほど要した。興味深いのか、飽きもせずに係官が見つめている。

UK 1383(ロンドン郊外) ひととおり作業が終わり、エンジンをスタートさせるときが来た。2カ月間動かさなかったエンジンはちゃんとかかるだろうか? スターターを押す。キュルルル・・・。「かからないか?」と思った瞬間「ブォオン」と始動した。広い税関のドックの中で小気味よいエンジンの音がこだまする。気持ちが高揚した。早く乗出したい気持ちをぐっとこらえながら、すぐにエンジンを切る。空のタンクに1.5Lのガソリンを補給しただけなのだ。これで最初のガソリンスタンドまで走って行かねばならなかった。荷物を結わきなおし、タンクバックに帰り道の地図を入れ、ヘルメットをかぶり、いよいよ乗出すときが来た。
 バイクに跨り再びスターターボタンを押す。今度はすぐにエンジンがかかった。係官がみんな集まってきて横に立っている。彼らの好意がうれしかった。私は何度も「どうもありがとう」とお礼を言った。ここで転けたら恥ずかしい。ぐっと気合を入れて、ゆっくり走り出した。
 全神経を運転に注ぎ、慎重に出口に向かった。税関のそばにあるガソリンスタンドで給油をする。セルフ方式なのでやり方が分からなかったが店員が親切に教えてくれた。
 再びエンジンをかける。今度は十分に暖気運転ができる。軽くスロットルを回し調子を見る。快調だ。高まる気持ちを抑えながらバイクに跨った。サイドスタンドをはね上げ、クラッチを握り、シフトを1速に入れる。
「よーし、行くぞ!」40km離れたReikoさんのB&Bまでの道のりだ。

 本当はゆっくり走りたかったが、そのような道路はイギリスにはない。直ちにスピードを上げて、50mile/hの巡航速度にのった。さわやかな風を切る音と心地よいエンジン音が響く。フロントスクリーン越しに、次々と美しい街並みのシークエンスが展開して思わず息を飲んだ。れんが造りの家の連なり、見え隠れする教会の尖塔、新緑の街路樹・・・、まるで絵画の中を走っているようだった。バイクから見える異国の風景は私を圧倒した。大声を出して叫んだ。「やったぜー! オレはバイクで外国を走っているんだ!」

 一年間の海外ツーリングが、今始まった。

 

 


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