02 準備は始まった

1990年03月〜 TOKYO


 やることは一杯あった。ともかくまずは旅の資金作り。時はバブルの真っ盛り。働けばいくらでも仕事はあった。来る仕事は全部受けて、ともかく稼いだ。1年間の海外ツーリングにかかる総費用の見積もりはだいたい500万円弱。本当は400万円もあれば十分だと思ったが、念のために100万円多く見積もった。帰国してから文無しというわけにもいかないので、余裕を見て700万円が目標だ。今まで貯金していた分と含めて、達成は充分可能だと思った。
 次ぎの仕事が親の説得。予定では出発は1年後なので、まあ気長にじっくり説明すれば納得してくれるだろう。幸い?まだ独身なので、説得するのは親だけだ。このような旅の計画は、家族が強行に反対すると実現するのは難しくなると思う。何かあったときに一番頼りになるのは家族だ。家族のサポートがあってこそ安心して旅を続けられる。父親とは年がら年中けんかばかりしているが、この時ばかりは低姿勢に徹することにした。

 前半は、海外ツーリングのための情報収集に専念した。ところが、これがなかなか大変な作業であった。まず、どこへ行っても情報がなかった。そもそも、海外ツーリングにいった人が見つからない。誰にきいても「分からない」の一言。運も悪かったのかもしれないが、ともかく全部1から自分で組み立ててゆくしかなさそうだった。
 それと同時に、バイクをどうするか決めなければならなかった。V-Maxを持って行くのか、海外ツーリングのためのバイクを買うのか、あるいは現地で調達するのか。ともかくやらねばならないことがいっぱいあった。何から手をつけて良いのか分からない。出発までに1年あるのだが、仕事の方も忙しく、実質5月頃まではほとんど何もできなかった。

 五月の連休のある日、ちょっと出かけた帰りに横田基地のそばのバイク屋に立ち寄った。この店は大型バイクの中古車がよく置いてあるので、時々見に来ることがあった。店内を見渡しているうちに、ある一台のバイクが目についた。
 HONDA CB750 Exclusive の86年型。CB750 Customの限定上位機種でサイドボックスとテールボックスがついている。おまけにSHOWEIのフロントカウルが取り付けてあった。
HONDA CB750 Ex.「これなら、十分に荷物が積めるなぁ。」バイクに跨ってみるとシートが広くなかなか座り心地が良い。アメリカンなのでハンドルがちょっと近すぎたが、それ以外は言うことなしのライディングポジションだ。走行距離は3万キロだった。値札には25万円と書いてある。現在の車検は切れていて、2年間の車検付の値段だった。
「ということは、試乗できないのか・・・」乗って確かめられないのでは不安だ。仕方ないのであきらめて店を後にした。それから1週間、いくつかの中古屋をあたってみた。サイドボックスやフルカウルがついているバイクはほとんど無かった。あってもBMWくらいで、とても手の出る金額ではなかった。

 一週間後、再びその店に行った。CB750 Ex.はまだ置いてあった。店長は私の顔を覚えていてくれて、話しかけてきた。「これ、前のオーナーが大切に乗ってたんですよ」
 なるほど、錆も無いし転倒した跡も無く、外観は良かった。転倒してなけれが足周りがゆがむようなことは無い。前輪を持ち上げ、フロント周りのがたつきを調べてみた。全く異常はなさそうだ。フロントフォークのダイブは引っかかりも無くスムーズ。リアの足周りも特にがたつきのようなものは無かった。目視で確認する限り、前後輪の軸線のゆがみやずれはなかった。気持ちが傾いてきた。
「エンジンかけてくれますか」店長は快く応じ、エンジンを始動させた。エンジンはすぐにかかった。クラッチのバックラッシュ・ノイズが少し大きいが、キャブ調整が狂って回転ムラがあるせいかもしれない。カムチェーンノイズもあったが、これはCB750特有のものだ。一番気になったのがヘッド周りのカチカチというノイズだった。シム・クリアランスの問題ならばよいが、バルブ周りがいかれているようだとちょっとまずい。そこで、店長にシリンダーの圧縮圧の測定をお願いした。ちょっと面倒臭い表情をしたが、測定してくれた。4気筒ともほぼ既定値内(12kg/cm2)で圧縮漏れは無かった。エンジンは問題ないのかもしれない
 このバイクを買ってしまえば、現地で調達する可能性を排除することになった。けれども、最初の渡航地すら決めていないのだから、現地での調達を考えてみても意味がないような気がした。あれこれ考えていても物事が先に進まない。ともかくバイクを買ってしまえば、それを発端にして周りが固まってゆくような気がした。よーし決めるか・・・。

 それから、重量税対策のためV-Maxを一時的に廃車にして、出発までの半年近くCB750Ex.に乗ることにした。足周りは全く異常がなかった。リアサスペンション・コイルがへたっていたのでこれは交換した。しかしエンジンに関しての私の判断は裏目に出た。ヘッド周りのノイズはシムを調整しても収まらず、おまけに6000rpmを越えるとマフラーからオイル煙が出た。このままでは不安だった。
 そこで、いつもお世話になっているバイク屋の工場長のIさんに相談した。彼は、原因はオイル上がり※1かオイル下がり※2だろうと言う。そして、高速走行を続けるなら直さないとまずいだろうとのことだった。これは痛かった。どちらもエンジンをばらす大修理だ。修理代は大変な金額になるだろう。けれども直す以外ないのだ。Iさんは事情を理解してくれて、修理代はなるべく安くしてくれるという。どうやらおまかせするしかなさそうだった。
 結局、シリンダーをボーリングして、オーバーサイズピストンを取り付け、バルブとバルブガイドは全部交換。バルブシートの摺りなおしをやった。カムチェーンは新品に交換。これだけやって10万円だった。取り外したバルブの一本は目で見て分かるほどシャフト部が曲がっていた。これが異音とオイル下がりの原因だった。
 エンジンは新品同様になった。バイクを輸送するまでの半年間、エンジンの慣らし運転をかねてあちらこちら走り回った。その間小さなトラブルがいくつか発生し、このバイクの欠点や特性が少しづつ分かってきた。それは持って行くスペアパーツや工具を決める上での重要な参考となった。輸送開始時には走行距離は5万キロ近くに達していたが、異常箇所は全くなかった。

  

※1 シリンダーとピストンの接触面に異状があって、エンジンオイルが燃焼室に流れ込んでしまう状態。
※2 バルブシャフトとバルブシールとの接触面の異常で、エンジンオイルが燃焼室に流れ込んでしまう状態。

 

 


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