私の独り言

 

ホームページ作成のきっかけ


 今から7年前、私が海外ツーリングをしていたときのことだった。イタリアのブリンディシ港でフェリーを待っていると、荷物を満載した自転車に乗った一人の日本人青年がやって来た。私がその時のツーリングで初めて見た日本人のサイクリストだった。彼もすぐに私を発見し、そばにやって来た。日焼けした快活な笑顔のその青年が中西大輔だった。

 彼は超ビンボー旅行を続けていた。お金を節約するためキャンプ場にも泊まらず、毎日道端や林の茂みに小さいテントを張って夜を明かし、食費を切り詰めながらひたすらペダルを漕いでいた。一日に180km!を移動することもあったという。まるでオートバイ並みだ。180kmというのは私の一日あたりの平均的な走行距離だった。これからの旅のエネルギーにと(サイクリストは食事がガソリンなので)船内食をごちそうしながら、彼のおもしろい話や悲惨な体験を聞いた。なんでもイタリアでは警官に扮装した強盗に遭い、お金を巻き上げられてしまったという。私もオートバイのハンドルグリップを盗まれてしまって、延々と鉄の棒を握る運転が続いた時のことを語る。お互いに話題が尽きず、酒も入って夜遅くまで盛り上がった。

Italian Ferry 翌日、途中の寄港地ギリシャのイグメニッツァで私は船を降り、そこで彼と別れた。二人ともエジプトを目指していたが私は最初にトルコに向かうため、旅先で再会することはなかった。

 日本に帰ってきてからは何度か彼と会い、旅の話をしては「また行きたいね」などと語りあっていたが、私はそれ以降海外ツーリングに行くことはなく、日本で平凡な生活を送っていた。彼は、それからも何度か海外サイクリングに出かけたのち、就職して普通の社会人の生活を送りはじめた。

 

  今から一年余り前、久しぶりに彼から連絡があった。彼は、会社を退職して再び海外サイクリングに行く事になったと言う。彼の海外サイクリングの情熱は6年の歳月を経ても消えることはなかった。

 1998年6月、準備のために東京にやって来た彼と久しぶりの再開を祝った。彼は自分の旅の計画の詳細を私に語った。それは3年かけて自転車で世界一周をするという壮大なものだった。6年間働いた会社で旅の資金も準備したという。

 彼は、自分の旅の記録を伝えるHPを作って欲しいと私に頼んだ。なるほどそれは確かに面白いかもしれない。けれども私は明確な返事が出来なかった。すでにインターネットに接続していたが、HPに関する知識は全く無かった。作成する時間もないし、定期的に内容を更新してゆく自信もあまり無かった。それに彼自身がコンピュータの素人で、HPを作ったところで彼が閲覧できないのでは意味がないと考えた。

 1998年7月に彼は自転車世界一周旅行に出発した。最初の旅行地が北アメリカだったため、現地の図書館でパソコンに触れてインターネットの知識を増やし始めた。彼は、図書館のパソコンからE-mailを発信して、自分の旅の記録を送ってきた。そして、E-mailを送る人の数はどんどん増えていった。

※アメリカやカナダではインターネットに接続している図書館のパソコンが無料で使用できる。

 

  一年後の1999年6月のある日の深夜、私がメールをチェックしていると一通のE-mailが飛込んできた。そのメールは彼からのもので、現在アイスランドで旅を続けているとのことだった。私がすぐに返事を送ると、オーム返しにメールが届いた。お互い同時刻にパソコンに向かい合いE-mailのやりとりが出来た瞬間だった。それから延々とメールのやりとりが続いた。最後に彼はもう一度、自分のHPを作って欲しいと頼んだ。彼は忘れていたわけではなかった。1年経ってもあきらめることが出来なかったのだ。私は彼の情熱に打たれた。

 彼のような過酷な自転車旅行を続けているサイクリストを私はほかに知らなかった。彼は自分の旅が「冒険」であるとは言わないので私もその言葉を使わないようにしているが、やはり彼の旅の記録は「冒険記」そのものだと思う。何故、彼が自分の旅の出来事を人に語りたがるのか? 本当の気持ちは彼にしか分からない。けれども恐らくそれは、旅先で体験する苦楽や珍しい出来事を語ることで、彼自身の旅の意義と存在を人々に共有し理解してもらいたいと思っているからではないだろうか。そして、それが彼にとって、ペダルを漕いで旅を続けるエネルギーの源となっているのだろう。

 私は、ソフトと本を買ってきてHP作成の勉強を始めた。私に送られてくる彼の旅の記録は断片的であったし、量はそれほど多くはなかったので自転車旅行記以外に何かコンテンツを増やす必要があった。そこで、私自身の海外ツーリングの記録を載せてボリュームアップを計った。テーマは「旅とバイクの世界」とすることに決めた。これはタイヤが2個ついている乗物に乗って旅をするという点で、サイクリストもモーターサイクリストも同じ仲間だという気持ちからだった。実際、北海道のキャンプ場では、彼ら同士は同じ仲間として語り合うし、すれ違うときにお互いにサインをかわす。

 この一年間余りの彼の旅の記録は、HP作成を前提にしていなかったので、たいした資料が残っていない上、彼の記憶もおおざっぱで、内容的には密度が薄くなってしまった。これはとても悔やまれる。今後は旅の記録を緻密に送ってもらえるので、より現実味のある旅行記をアップロードできると思う。

 彼の旅の記録は、これから世界の見知らぬ土地を旅しようとしている人にとって、貴重な資料になるだろう。

 

最後に、彼の無事と旅の完遂を祈って。


1999.08.20 Toshi

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